向山古墳群:八雲ニ散ル花 番外

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 旧向王家の分家が、ホウキ国の淀江にあつた。そこには弥生時代後期から古墳時代にかけての、ムキ(妻木)晩田遺跡がある。このムキは、向王家のムキが地名になったと思われる。
 向家は富家とも呼ばれる。妻木晩田遺跡には、富王家にちなむ富岡という地名もある。
 その遺跡の西南方の福岡には、向家分家が築いた向山古墳群がある。
 その中の4号墳は、向山古墳群の中では最大で、全長が64メートル以上ある。
 それは八女市の岩戸山古墳に似て、造り出しが付いている。淀江の向山4号墳から、道を越えて東に石馬谷古墳があり、そこには本州では珍しい石馬があった。
 ここの石馬は、九州の筑紫国造の岩戸山古墳の石馬の影響で、造られたと考えられている。その石馬は国の重要文化財に、指定されている。
 後世には、その古墳の近くに、向家・子孫の豪族が建てたと見られる上淀廃寺跡が、発掘された。そこからは自鳳時代の壁画の一部と、巨大な仏像の塑像破片が発見された。

ー 大元出版 斎木雲州 著『出雲と蘇我王国』

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鳥取県米子市淀江町福岡の、通称「伯耆古代の丘」にある「上淀白鳳の丘展示館」(かみよどはくほうのおかてんじかん)は、もう少し集客に頑張った方が良い。
そんな、もっと世に知られた方が良い、非常にもったいない展示館なのでした。

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駐車場入口に無造作に置かれているこの石も、なんの説明書きもないのですが、これって古墳の石室の上に乗っかってる石の現物なんですってよ。
こんなん、知らない人は休憩に腰掛けたり、子供なら上に乗って飛び跳ねたりしちゃいますがな。

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ともあれ、izumeさんがアポイントを取ってくださっていた、館の方に案内され、まずは「向山古墳群」(むこうやまこふんぐん)に向かうことになりました。

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「伯耆古代の丘」には、2つの丘陵内に向山古墳群と瓶山古墳群(かめやまこふんぐん)にある16基と、南にある「石馬谷古墳(いしうまだにこふん)1基の、総数17基の古墳が集まっています。

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その中の、『出雲と蘇我王国』に富先生も書かれていた、向山古墳群最大の4号墳に来ました。

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全長64.5m!映えね~ぇ。。

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古墳ってのはいつも思うけど、でかいし、被写体までの距離が取れない場合が多いので、写真撮りづらいよね。
この写真は円墳部と方墳部の継ぎ目のところで、反対側に「造出」(つくりだし)と呼ばれる突き出た部分があります。

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造出の役割は諸説ありますが、現在では、墳丘上で行われていた祭祀が、ある時期から造出で行われるようになった、という説が主流のようです。

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そして方墳部の先端には、造出とは別の、広い台状遺構があります。

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この場所も、祭祀が行われていた場所ではないかと考えられていますが、これに似た台地があるのが、福岡県八女市にある「岩戸山古墳」(いわとやまこふん)です。
そう、九州北部最大規模で、かの筑紫君磐井の古墳と考えられている、アレです。

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その岩戸山古墳には「別区」と称される台地が円墳の先にあり、盗人が猪四頭を盗んでその罪を裁かれる状況と解釈されるような石製品配置がなされていたとされ、祭儀の場所であったとも考えられています。

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岩戸山古墳では、「古墳の中でこのような”別区”を有し明確に現代まで残っているのは、ここ岩戸山古墳だけ」だと説明されていましたが、

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向山古墳群の1号墳「岩屋古墳」は、まさに岩戸山古墳をミニチュアにしたような形状になっていました。

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『出雲と蘇我王国』によれば、この向山古墳群は、向家の分家が築いたものだと説明されていました。
向家(むかいけ)とは、東出雲王家・富家の別名です。
かの王家が、「言向け」(説得)によって国を治めたことが、その名の由来だとされます。

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岩屋古墳には懐中電灯が備えられており、石室の中に入ることができますが、

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ま、まあ、この辺までにしておいてあげましょう。
案内してくれた方は、コウモリか、マムシなどがいるかも知れないので、注意してくださいと話しておられました。ブルブル。

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この手前の部分が、台状の造出。
ここで祭祀を行っていたと考えられています。

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八女の岩戸山古墳の築造が6世紀前半と推定されており、向山古墳群の4号墳・1号墳との関係が気になるところです。
『出雲と蘇我王国』でも、そのあたりのことが匂わせられていました。

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