大善寺玉垂宮『鬼夜』:後半

投稿日:

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ついに待ちに待った「鬼夜」のハイライト。
緊張で胸が熱くなります。

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激しい雨風の予報でしたが、空には月も浮かび、暖かく穏やかな夜となりました。
この月明かりも、当神事では重要な役割を果たします。

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PM7:00 『若衆の境内参集』

神社裏手にある「玉垂公園」に火が灯ります。

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玉垂公園は当神事の特別駐車場にもなっています。

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一升瓶を手にして暖をとりながら、若衆らが陽気に談笑しています。

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とそこへ、「オイサ、オイサ」と威勢の良い掛け声で、次々若衆の軍団がやってきました。

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大松明は6本用意されていましたので、若衆も6班のグループに分かれています。

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それぞれが火を起こし、手持ち用の松明に火をつけていきます。

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若衆らを見ていると、ちびっ子達の姿もかなり見られます。

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火遊びしすぎて、おねしょしないと良いですね。

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鬼夜が良いのは、皆さんとても親切で陽気だということ。
気持ちよくポーズも取ってくれます。

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カッコいい。。

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後の撮影でもかなり近くに寄ることができました。
が、当然自己責任です。

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怪我のないように、そして祭りの信仰を妨げないように、撮影に夢中になりすぎて細心の注意を怠ることないよう心がけなければ、彼らの親切心に水を差してしまいます。

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公園中に火が盛ってきた頃、

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若衆らは手に小松明を手に行進しだします。

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威勢の良い掛け声とともに、神社裏から境内に入っていきました。

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PM8:00すぎ 『汐井汲み神事』(汐井口開け)

大太鼓の合図で本殿から二本の手松明(てたいまつ)を先頭に行事役職者二十数名が表参道を下ります。

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進む先にはそう、禊場の「汐井場」があります。

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中には大きな汐井桶を担いた若衆も。

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ついに一行は、

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汐井場から川に入っていきます。

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暖かい夜、とはいえ1月7日。

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「冷たっ!」という声も響く中、若衆らは禊をし、神前に供えるためのお汐井を汲みあげます。

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手松明らが惣門に到着。

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そこから

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拝殿まで行進し、

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神前にお汐井が届けられます。

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PM8:30頃 『汐井かき』

この汐井口開けを裸の若衆ら数百人が待っていました。

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彼らは各松明の手々振(てでふり)を先頭に隊伍を組み、提灯、小松明をかざし気勢をあげて汐井場に向います。

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汐井場で禊をした若衆らは参道から社殿に駆け上がり、

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神前に供えられたお汐井を一巡すると、再び汐井場へ向かいます。

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6つの隊伍がそれぞれ繰り返すこと2回。

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その間参道は一面火の川となります。

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鬼夜の良い点がシャッターチャンスが多いこと。

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隊伍が多いので、一度見逃してもまたシャッターチャンスを狙うことができます。

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祭りは境内中で行われますが、

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移動して色々な角度から撮影することも容易でした。

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鬼夜では有料の観覧席が用意されています。
境内で自由に見学したい人には人気が薄いようで、当日でもゆっくりチケットを購入することができます。
汐井かきが終わる頃、僕はこの観覧席に移動しました。
そこは有料なだけの価値ある、特別な観覧スポットです。

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一番鐘を合図に境内全域の灯が一斉に消されます。
場内アナウンスが流れます。
「鬼夜になりました。全ての明かりを消してください。携帯・スマホの明かりも消してください。」
再三流れるアナウンスにも関わらず、いつまでもスマホの明かりを灯す者、フラッシュをしつこく焚く者が絶えません。
つくづく残念な限り。
仕方なく目を瞑り、心の中に鬼夜を描きます。

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やがて松明を持った手々振を先頭に

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次々と隊伍がやってきます。

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PM9:00 『タイマワシの勢揃い』

社前で直会をした隊伍が、一番松明から順に鬼堂前の大松明の前に勢揃いします。

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そして火を消さないよう最小にまで炎を落とし、若衆らが囲んで再び鬼夜を作り出します。

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PM9:30 『六本の大松明に点火』

二番鐘が打たれると、暗闇の中、奥神殿から鬼火が出てきます。

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鬼火は粛々と大松明に近づき、点火。

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すると次々に、6本の大松明に火が灯ります。

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大松明は火花と爆竹音をはじかせ、その炎は闇を焦がしました。

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壮大な火祭りの始まりです。

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松明の下では締め込み一つの裸の男衆が、飛び散る火の粉を物ともせず、大炎を煽ります。

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この「鬼夜」は1994年に重要無形民俗文化財に指定され、日本三大火祭の一つとされています。

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日本三大火祭には、他の日本三大にもよくあるように、実際には3つ以上の名乗りを上げる祭りが存在します。

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有名なのは「鞍馬の火祭」、「那智の火祭」などですが、長野の「道祖神祭り」や福島の「松明あかし」、能登の「向田の火祭り」、京都の「お松明」などが挙げられます。

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同日の1月7日に行われる、昨年訪れた太宰府の「鬼すべ」も、三大火祭として名乗りを上げています。

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さて、大松明の向かい、鬼堂前では「鉾面神事」が始まりました。

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赤・青の天狗が手にしているのは拝殿に置かれていた男鉾・女鉾。

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二人の天狗は数回鉾を交わせたあと、

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介添え役の若衆が鉾を奪い取り、「鉾取った」の場面を演じます。

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仕方なく手刀で戦う天狗から、今度は若衆が天狗の「面取った」を。

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素顔を晒された天狗はついに腰のものに手をのばします。

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「ソラ抜イダ」を合図に鐘や太鼓が乱打され祭りは最高潮となります。
これら一連の鉾面神事は、相克の魔払い神事であると云われています。

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有料観覧席が良いのは、6本の大松明と鉾面神事を余すことなく目に収めることができることです。

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で、大松明をよく見ていると、燃え盛るその上に登っていく若衆の姿があります。

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大松明は孟宗竹を3本束ねた芯の周囲に笹竹を寄せ、さらにその周りを真竹で包んでできています。
これに縄をかけて結ばれていますが、縄の本数は上から7・5・3・3・5・7本とされているそうです。

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大松明によじ登る若衆はこの縄を、炎の先からほどき取っているようで、どうやらこの縄が縁起物となるようです。

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それにしても一歩間違えば大惨事。
肝を試される行いです。

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このあたりで僕は観覧席を立ち、人ごみの中に入っていきました。

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男衆らがカリマタと呼ばれる3メートルほどの二叉の樫の棒を掲げ、大松明を起こし始めました。

動画がこちら。

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PM10:00過ぎ 『大松明始動』

燃えさかる六本の大松明を、裸の男衆ら火の粉を浴びながらカリマタで支え上げます。

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この大松明は重量1.2t。

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これを今から、境内中を引き廻していくのです。

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それにしてもびっくりするぐらい、近くに寄ることができます。
当然火の粉も浴びます。

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鬼夜の火の粉を浴びると無病息災の御利益があるとも云われています。

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しかし再三申し上げますが、自己責任かつ祭りの信仰を妨げない細心の配慮をすべきです。

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6本の巨大な大松明が、若衆らに起こされ、引かれながら境内を廻ります。

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時には境内の御神木の葉さえも焦がしながら。

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この大松明の祭りは、勅命を受けた玉垂命が「桜桃沈輪」(ゆすらちんりん)を1月7日の夜、松明をかざして討ち取りその首を焼き払った故事に倣っていると云います。

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しかしどうでしょうか、この大松明自体が、荒ぶる神そのもの。

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下で支える男衆らは常に火の粉を浴び耐えています。

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移動するたびにずり下がる大松明を、再び掛け声とともに持ち上げる男衆ら。
それを移動の度に繰り返していきます。

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この大松明は神聖なものなので、決して下に落としてはならないのです。
が、今回も一つの大松明が落ちてしまいました。
観客の悲痛な声が夜に響きます。

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その隊伍の今年の縁起は良くないそうですが、まずはけが人がなかっただけも良かった。
時間は押して11:00過ぎまでタイマワシは行われましたが、ついに冷たい雨も落ちてきて、嵐のような風も吹き始めていました。

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PM11:00過ぎ 『惣門くぐり・鬼のみそぎ』

再び鬼夜になり、全ての照明が消されます。
鬼堂の前には本殿を一巡した、一番松明が戻ってきており、
そこからさらに移動し始めました。

鐘の音、太鼓の音が響く鬼夜に、ゆっくり動く大松明。
その姿を見ていて、なぜか僕の目には涙が浮かんできました。
胸が凄く切ない。

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やがて一本の大松明は神門前に姿を現します。

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そして参道入り口にある門、「惣門くぐり」が行われます。

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御神木の葉は焦がしても、惣門を焦がすわけにはいきません。

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緊張の一瞬、

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見事大松明は惣門をくぐり抜けます。

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大松明は最後の階段をなんとか登り抜け、

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汐井場へ赴き、

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荒ぶる炎は消されるのです。

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こうして壮大な火祭りは終わりを迎えるのですが、その大松明などに目を奪われていては、祭りの真実には辿り着けません。

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ほとんどの観光客が境内に引き返していく中、しばらくすると闇夜にうごめく一行がありました。

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彼らは赫熊(しゃぐま)と呼ばれる、藁で編んだ猪のような頭巾をかぶり、木の棒を手にした子供らです。
赫熊の中心にいるのは、蓑藁に全身を包んだ、そう鬼面尊神。

僕が神功皇后の伝承地を訪ねる時に、とても参考にさせていただいた「綾杉るな」さんがいらっしゃいます。
彼女のブログによると、当社大善寺玉垂宮の神様は、実は女性であると伝えられているそうです。

https://lunabura.exblog.jp/16803666/

当地はかつて「水沼氏」の土地だった時期があります。
水沼氏というのは、僕の見解では出雲王家の親戚である宗像家、そして大分の豊玉姫がいた宇佐家にゆかり深い氏族であると考えています。

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空を見上げると、荒天の兆しはあるものの、月が出ていて安心しました。
この秘密の神事に月は必須だからです。
綾杉氏のブログを見てみると、月には生命の大源で不老不死の水「変若水」(おちみず)があるという思想があり、その水を地上で受けとることのできる巫女が「水沼」(みぬま)であると記されています。
そしてそれは神の禊を介添えすることで為されると。
古代筑後の大豪族「水沼君」は神の禊を介添えする巫女を出す家柄であったと云うことです。

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大松明の行事に民衆が気を取られている間に、秘密裏に鬼面尊神を連れ出し禊を介添えします。
なぜなら、尊神は一年の間、参拝する人たちの罪・穢れをその身に受け、ドロドロになってしまっているのです。
それを水沼の巫女の介添えを得て禊を行うことで月の再生の力を得る、それがこの鬼夜に隠された本質です。
なんと美しく、そして物哀しい話でしょう。

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鬼面尊神は大松明廻しの時も、姿を隠し、赫熊姿の子供らに囲まれて鬼堂を7周半回っていたそうです。
人目を避けながらも人々の穢れを受けてくださる出雲神、それを月神の力を借りて禊ぐ巫女、それが当社の真の祭神の姿です。
置き換えられた新たな神の影で、古い神をひっそりと大切に、今日まで祭ってきたのです。
その二人が主役であることは、この祭りが当社で最も重要な祭りであり、単に鬼払いの祭りではないことが示しています。

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PM11:30過ぎ 『厄鐘』

鬼が神殿に帰ると灯がともされ、行事の終りを告げる厄鐘が七・五・三と打たれます。
大松明の火も次々に消されてすべての行事が終わりを告げます。
鬼夜の闇で、尊神の姿をしっかりと捉えることは不可能でした。
しかし背中を丸め、赫熊たちに支えられるように本殿へと消えていった尊神からは、温もりのような気配を感じました。
鬼のみそぎは本来秘事です。
語ってはならないことの一つでした。
しかし公式サイトでもこの秘事について触れられています。
木を伐採だけして禿山にするのではなく、植林を行って森を再生させるのが日本人です。
神にすがるばかりでなく、きちんと神にも禊ぎ再生していただくという、なんとも日本人的な秘事が残り続けていたことに、優しい気持ちになったのでした。

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