生島足島神社:八雲ニ散ル花 蝦夷ノ王篇01

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母「沼川姫」の葬儀を終えたタケミナカタは、母のお気に入りだった翡翠の砂利浜に立ち、日の沈む海を眺めていた。
彼は、異母兄弟のクヒシカタが葛城に移り開拓し始めたとの知らせを受けていた。

「儂もこうしてはおれんな」

タケミナカタにも王家の血は濃く流れていた。
渡来人によって弱体化した出雲王国を支えるためにも、第二の出雲を建国する使命があると感じていた彼は、側近と越国の重鎮の主だった者を集め、告げた。

「ここは良い翡翠が豊富に採れるが、今後強大な国を創る上でさらに必要なものがある。鉄だ。」

タケミナカタは鉄を欲した。

「誰か良い鉄が採れる場所を知らぬか。」
「噂では南に鉄が採れる湖があるそうです。途上、老王が治める邑があるといいますが、まずはそこへ訪ねられてみてはいかがでしょう。」

側近の一人が進言した。
それから数日のうちに準備が整えられ、若々しく勢い盛った一群が集った。

「皆の者よ、儂は出雲を棄て、母とともにこの地へ来た。
冬には極寒なれど、ここは魚貝も資源も豊富で良い土地である。
しかし敵を挫き民を守る強大な国とするには鉄がいる。
今我らは、鉄が眠るという彼の地を目指し、旅立とうではないか。
そこに日の昇る中心となる王国を築くのだ。」

いよいよタケミナカタの一行は越国を出立した。
その先には、正しく日本の中心、気高い山々が取り囲む聖なる土地が広がっていた。

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長野県上田市下之郷、日本中央の大地を祀るという古社「生島足島神社」(いくしまたるしまじんじゃ)へ、やって来ました。
入り口には、「日本中央」の文字が誇らしく記されています。

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本当に真ん中なの?って場所を確認すると、確かに真ん中に当社はあります。
もう少し南に下ったところにある、諏訪湖はまさしく日本のへそなのですね。

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この新潟から長野を突き抜け、静岡に至る一帯は、「フォッサマグナ」と呼ばれ、地質学的に西日本と東日本を分ける地層が縦に伸びている場所でもあります。

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生島足島神社本殿は、神池と呼ばれる四角形の池に浮かぶ小島に鎮座しています。

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これは、「池心の宮」という古代的な形態であるということです。

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生島足島神社本殿のある小島へは、二つの橋が架けられています。
一つは一般の参詣者の渡る橋で、もう一つは「神橋」と名づけられています。

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神橋は朱塗りの美しい橋で、諏訪神が渡られる時だけ、開かれるのだそうです。

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橋を渡り、小島に上陸。

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左手に子安社があり、

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奥に十三社があります。

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十三社は、お祓いお清めの神なのだそう。

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御本社前には夫婦の木が立っており、

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右手には磐座磐境と呼ばれる石が祀られています。

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夫婦岩のような石が置かれていますが、特に説明もなく、

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単なる庭石のようにしか見えませんが、実は当社にとって重要な神跡なのかもしれません。

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本社本殿は二重の建物となっており、中に内殿があります。
内殿内部は、向かって左側ニ間に内陣、右側一間に外陣の二部屋に分かれており、床は内陣・外陣ともになく、土間となっているそうです。

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生島足島神社の御祭神は「生島大神」(いくしまのおおかみ)「足島大神」(たるしまのおおかみ)となっており、内陣の土間、すなわちこの島の「大地」が神体とされています。

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この御祭神ですが、生島大神は万物を生み育て力強い生命力を与える神、足島大神は国中を満ち足らしめ人々の願いに満足を与える神と云います。
『延喜式』神名帳では、宮中の神祇官西院で祀られる神々23座に記載があり、朝廷とつながりの深い神々であるとされているのです。

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神橋を挟んで本社社殿と相対する摂社があります。

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しかしそれは、摂社と呼ぶにはあまりに立派な社殿です。

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この社は「諏訪神社」であり、生島足島神社本社を「上宮」と称するのに対し、「下宮」と呼ばれています。
祭神は「建御名方富命」「八重事代主命」「八坂刀売命」。

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当社由緒によると、「神代の昔、建御名方富命(タケミナカタトミノミコト)が諏訪の地に下降する途すがら、この地にお留まりになり、二柱の大神に奉仕し米粥を煮て献ぜられてたと伝えられ、その故事は今も御籠祭という神事に伝えられています。」と記されています。

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つまりタケミナカタが当地を訪れる以前に、この地に生島神・足島神が居たということになります。

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先に紹介の本社外陣は、諏訪大神が半年間生島・足島両神にご飯を炊いて奉った場所であると云われ、諏訪神が本社に遷座する時のみ神橋の戸は開かれるのです。

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諏訪神社の御垣内には句碑と

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磐境である「いぼ石」が鎮座します。

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いぼ石の反対にも磐境と思しきものがありましたが、こちらには何の説明もありませんでした。

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諏訪神社社殿前には、これ見よがしに存在感を放つウロになった一対の「夫婦欅」がありますが、

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その左手の欅ウロ内には、

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男根と

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女陰と思われる、出雲的な造形の根が祀られていました。

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境内を散策してみます。
諏訪神社の横には「下神井様」と書かれた井戸があり、

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川中島での決戦前に武田信玄が必勝を祈った「願文」や、真田昌幸、真田信幸父子の「朱印状」など数多くの古文書が無料展示(複製)された「歌舞伎舞台」が建っています。

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神池を周回してみます。

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神池西側から本社を望むと、本社社殿から伸びた「御籠殿」と「上神井様」が見えています。
「お籠り祭」とよばれる重要な儀式が11月3日から翌4月13日にかけて行われるのですが、これは諏訪神がこの期間、御籠殿へ移り、毎夜ご飯を炊き、自ら生島足島神にご飯を差し上げるというものになっています。

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さらに周回を続けると、「御歳代」と

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御歳代御仮殿があり、

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御本社の裏側に

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八幡社と

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秋葉社が鎮座していました。

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そしてモニュメントの先に、

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生島・足島両大神の荒御魂を祀る「荒魂社」があります。

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東出雲王家の直系の子孫であり、古代出雲王国を中心とする古代日本の歴史を受け継ぐ「斎木雲州」氏の著書は、出雲を飛び立ったタケミナカタについては、多くを語っていません。

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しかし越後国に住んだタケミナカタは、中部地方に新しい国を建設しようと思い立ち、大勢の家来を集め姫川を逆上り、まず上田の下之郷に住んだ、と伝えています。

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そこで、彼はサイノカミを祀りましたが、その地には後に、生島足島神社が建てられたのだと云います。
生島神・足島神は物部系列の神である可能性もあります。
とするなら、時系列的にも先に訪れたタケミナカタによって当地にサイノカミが祀られ、後世に侵攻して来た物部・大和朝によって当地地主神が書き換えられたということもありえるのかもしれません。
この荒魂社は正に御本社の真裏に位置し、後世のものでしょうが立派な幸神が祀られていました。

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さて、荒魂社を確認したのちに、御本社前に戻って来ましたが、

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思わぬ神鳥が出迎えてくれました。

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いや、出迎えてくれたかと思っていましたが、彼は一向に僕の存在を意に介さず、

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どこかへ向かっていきます。

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神橋を通り過ぎて、僕を案内してくれた先には、

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彼の正体が記されていました。

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境内には、他にカルガモ軍団もいて、

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諏訪社特有の「御柱」も立っています。

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信濃といえば蕎麦も有名なので、境内駐車場にあった蕎麦屋で一息。

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くるみ味噌のつゆでいただく、一風変わった蕎麦をたのみましたが、思いの外美味でした。

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